ここは松ボックリさんの指定席!…さっきまでは。
『久しぶりに、歯医者の帰りに寄ってみたの。
美味しいコーヒー煎れてちょうだい♪』
二人で孫の話に花が咲く。
『暫く来ない間に随分変わったわねェ…』花うさぎ店内をぐるぐる旋回する彼女。
本当に、そう。
彼女が来たのは“胡弓”以来だ。
『痩せてる私が座るには、切り株の椅子はちょっぴり具合悪いよね』って良きアドバイスを賜った。…未解決。
気が済むまで店内を浮遊したら、カウンターにドッカリ納まって。
孫の話の続き…
ふと、カウンターから窓辺へ視線を移すと…数秒の沈黙。
ゴクン!
口に含んだ茶色の液体を飲み込んだ瞬間、『あれは何?』
あわわわ…
『椅子。陶器の…』
『私にはね、素敵なピエロの人形があってね、その娘を座らせるのにピッタリかも…』
あわわわ…石田さんの陶椅子。
象さんみたいな太い足が三本。
ひび割れも象さんの肌みたく。
店の入り口、カウンターの上、ディスプレイ棚の上…誰も気付いてくれないから、とうとう窓辺に追いやられてしまった陶椅子ちゃん。
いつも、松ボックリを乗せてたよね。
明日からはピエロちゃんの指定席になっちゃうんですね。
陶椅子ちゃん、
積み重ねられたレンガのようにドッシリと、花うさぎ店内に存在してたのに…
やっと、その象のような足を動かし引っ越しするんですね。
コイツが売れた瞬間の喪失感は、ずっと前にうさぎの人形をアメリカからの旅人が連れ去った時と似てる。
あ〜、そうか!
象さんはピエロを待っていたんだ!
おしまい